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2026.03.24

我慢と辛抱のちがい

こころ

ある日、知人がこんなことを話してくれました。

「仕事でずっと我慢してたんよ。言いたいことも言えなくて、

しんどいなって思いながらも、ちゃんとやらなって」

毎日ちゃんとこなしているのに、どこか苦しくて、
気づけば心がすり減っていたそうです。

でもあるとき、ふとこう思ったと言います。

「これって、ただの我慢じゃなくて、何かのための辛抱に変えられないかな?」

そこから少しずつ、自分の中で「何のために頑張るのか」を考えるようになって、
同じ“耐える”でも、感じ方が変わっていったそうです。

日常でよく使う
「我慢」「辛抱」

どっちも“耐える”って意味で使われるけど、
実は中身も気持ちの向きもけっこう違います。

我慢とは

本当は嫌だったりしんどかったりするのに、
自分の気持ちや欲求をぐっと押さえ込むこと。

言いたいことを飲み込んだり、やりたくないことを引き受けたり、欲しいものをあきらめたり…。

周りから見ると立派に見えることもあるけど、
内側では無理してることが多くて、続くとストレスやモヤモヤがたまりやすいんですよね。

「我慢」は「我(自分)」と「慢」からできていて、
もともとは“自分の欲や心をコントロールする”という意味でした。

でも今は、「とにかく耐える」ニュアンスで使われることが多くなっています。

辛抱とは

目的や希望のために、耐えて待つこと。

夢に向かってコツコツ頑張ったり、うまくいくまで踏ん張ったり、
「今は大変だけど、その先を信じてる」状態。

同じ“耐える”でも、
どこか前向きです。

「辛抱」は「辛(つらさ)」と「抱(抱える)」からできていて、つらさを抱えながら持ち続けることを意味します。

ただ我慢するんじゃなくて、
「しんどいけど、それも含めて引き受ける」感覚。

違いはシンプル

我慢は「押さえ込むこと」
辛抱は「抱きしめること」

同じ“耐える”でも、心の使い方はまったく違います。

自分に問いかけてみる

我慢が悪いわけではありません。

でも、そればかりだと心はじわじわ疲れていきます。

一方で辛抱は、
「自分が納得して選んでいるかどうか」がとても大事。

「これは我慢かな?それとも辛抱かな?」

そうやって立ち止まってみると、
今の自分の状態に気づけるかもしれません。

つらさを押し込めるだけじゃなくて、やさしく抱えながら進んでいく。

そんな選び方も、きっとあるはずです。

今日のあなたの“耐える”は、どちらですか?

その“我慢”、ほんとに必要ですか?

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今日も私の小さな言葉が、誰かの小さなお守りになりますように

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