2026.03.07
こころ

「こんなこと言いたくないんだけど」
昔むかし、まだ若かった頃の職場
湯気の立つ給湯室で、先輩が少し声を落として言った
「こんなこと言いたくないんだけどさ……」
あ、きた
私は心の中でつぶやく
言いたくないなら、言わなくてもいいのに
「この前の会議の発言、ちょっと誤解されてるみたいよ」
胸が、チクリとした
責められているわけじゃない
でも、“言いたくない”という前置きが、先に私を守りの姿勢にさせる
「そうなんですね。ありがとうございます」
そう答えながらも、
どこかに小さなトゲが残った
帰り道、夕焼けを見上げながら考えた
本当に、言いたくなかったのだろうか
数日後、思いきって聞いてみた
「あのときの“言いたくないんだけど”って、本音ですか?」
先輩は少し驚いて、それから笑った
「ううん。本当はね、気になるから伝えておきたいんだけど、ってこと
あなたが損したら嫌だからさ」
その瞬間、胸の奥のトゲが、すっと溶けた
ああ、そうか
“言いたくない”の正体は、
“嫌われたくない”だったのかもしれない
本当は応援している
本当は守りたい
本当は、味方でいたい
でも、どう始めればいいのか分からない
だから
「こんなこと言いたくないんだけど」と
自分を守るクッションを置く
もしあのとき最初から
「気になるから伝えておきたいんだけど」
と言われていたら
私はきっと、最初から味方として受け取れた
同じ内容でも、入口のひと言で心の構えは変わる
言葉の“入口”を変えるだけで、関係の温度が変わる
あの昔むかしの職場での出来事は、そのことを私に教えてくれました
だから今、誰かに何かを伝えるとき、私は問いかける
これは、自分を守る入口だろうか
それとも、相手を思う入口だろうか
ほんのひと言の選び方で
言葉は刃にもなるし、ぬくもりにもなる
入口を整えるだけで
その言葉はきっと
応援に変わるのだから

今日も私の小さな言葉が、誰かの小さなお守りになりますように